大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成9年(う)329号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一五〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人後藤貞人、同片見冨士夫及び同江村智禎連名作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官大岸嘉昭作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意第一点について

論旨は、要するに、原判決は、被告人の本件行為の目的を交番に対する放火でなかったと判断したものの、それに代わる何が目的であったか明確な認定をしていないか、あるいは、「路上でガソリンに火をつける」こと自体を目的であると認定したのであるならば、警察への不満を晴らすためという動機との関係で不合理・不自然な認定をしていることになるから、原判決には理由不備がある、というのである。

しかしながら、原判決の「罪となるべき事実」及び「事実認定の補足説明」によれば、原判決は、被告人が本件仮交番を焼損することを積極的に意図していたこと及び自殺目的があったことのいずれをも否定した上で、本件犯行の動機・目的として「警察に対する不満を晴らすためのもの」と認定したことは明らかであり、また、警察に対する不満を晴らすため、直接仮交番に火を点けることなく、本件のように仮交番に向けて流出したガソリンに点火することは何ら不合理・不自然なことではないから、原判決に理由不備があるとはいえない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意第二点について

論旨は、要するに、原判決は、弁護人において、被告人が路上のガソリンに点火した行為と仮交番の床板等の焼損との間に因果関係が立証されてないと主張したのに対し、因果関係を肯定しその理由を述べているが、どのような見解に立ってどのような事実をもとに因果関係を肯定したのか明らかでないから、原判決に理由不備がある、というのである。

しかしながら、所論は、結局において、原判決が、被告人の行為と結果との間に因果関係を認めたことの理由付けとして補足説明したことに対し、その措辞を非難するものであるところ、本来右理由付けは判決に記載することを要しない事柄であり、右補足説明があることによって原判決にその趣旨が理解しがたいような瑕疵があるとは認められないから、原判決に理由不備はなく、所論は、事実誤認の主張に帰するに過ぎない。論旨は理由がない。

三  控訴趣意第三点について

論旨は、要するに、原判決は、被告人が路上に流出させたガソリンに点火した行為により、その火を仮交番の床板裏面等に燃え移らせ、同交番の床板等約三平方メートルを焼損した事実を認定し、被告人の着火行為と床板等の焼損との間の因果関係を肯定したが、右因果関係は立証されていないから、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、原判決挙示の各証拠によれば、被告人がポリタンクから仮交番の方に向け流出させたガソリンに点火したことにより、一旦は仮交番出入口前付近において高さ約二メートルの炎が上がったものの、警察官や付近の人々が消火器で必死に消火活動を行ったため炎が下火になったこと、しかし、煙が仮交番の中に充満したため、交番内にいた警察官は危険を感じて非常口から脱出し、消防士が駆けつけたときは、外からは炎が消えたように見えたものの、依然として煙が交番内部や床下からかなり上っており(所論は、この点を争うようであるが、井上博由の警察官調書添付の〈4〉〈5〉の写真によって認められる)、交番の外にまで達していたこと、消火活動に当たろうとした消防士が、交番出入口から約一メートルの地点に放置されていた右ポリタンクを蹴飛ばした直後、炎がまた高く上がり交番が原判示のとおり焼損したこと、以上の事実が認められる。消防士がポリタンクを蹴飛ばした時点において仮交番の建物が焼損(独立燃焼)の状態になっていたかどうか、これが否定される場合に、消防士の右行為がなければ警察官らの消火活動により焼損の状態にならないで鎮火したかどうかは証拠上明らかでなく、また、消防士が右ポリタンクを蹴飛ばしたのは、交番近くにあったポリタンクを危険を感じて意識的に蹴ったためか、単なる過失であったのかも明らかでない。

しかし、被告人は交番焼損の結果が発生するに足りる状態を自ら作出したものであるのみならず、本件においては、消防士の前記行為は、消火活動の過程において行われたもので、もとより火災を拡大させようと意図したものではなく、たとえ消防士に過失があったとしても、本件のような消火活動の不手際によって迅速な消火がなされず、場合によっては一時的に火災が拡大するようなことも通常予測しえられるところであるから、被告人の行為と本件床板等の焼損の結果との間の因果関係を肯定することができる。原判決が補足説明する内容も、右と同旨のものと思われる。

原判決に所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。

四  控訴趣意第四点について

論旨は、要するに、本件被告人の行為は、警察に対する抗議の焼身自殺が動機であると認められるのに、原判決は、その被告人らの主張を排斥しているから、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

しかしながら、原判決が、「補足説明」において所論と同旨の主張に対し挙げている諸点、とりわけ被告人が本件犯行及びその前後において、自殺目的をうかがわせる何らの外見的行動も発言もしていないことからすると、本件が自殺目的の犯行であったとは認められない。所論指摘の被告人の髭がこげた点も、流出させたガソリンに被告人が点火したことにより炎が一時に高く上がったことからすれば、その際にこげたとも考えられ自殺目的を示すものではない。自殺目的を供述する被告人の捜査段階からの供述や当審における証人山橋美穂子の証言等も右結論に影響しない。本件犯行の動機・目的は、原判決が認定するように、鬱積していた警察に対する不満を晴らすことにあったと認められる。

犯行の動機に関する原判決の認定に所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。

五  控訴趣意第五点について

論旨は、要するに、被告人には、本件仮交番を焼損する未必の故意があったとは認められないのに、これを認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

しかしながら、各証拠によれば、被告人は、仮交番建物から約一メートルの至近距離(所論はこの距離を争うが、新浜正人立会の実況見分調書《原審検察官請求番号三五》等により認められる)で、一五・三リットルのガソリンの入ったポリタンクを交番の方に向けて倒し、ガソリンを交番の方に流出させてこれにライターで点火したこと、被告人自身仮交番建物の材質を詳しく知らなかったとしても、可燃部分が含まれていることは当然知っていたと思われることからすれば、たとえガソリンが交番の方に流れて行くのを十分観察していなかったとしても、少なくとも仮交番焼損の未必の故意は肯定される。

原判決の故意の認定に所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。

六  控訴趣意第六点について

論旨は量刑不当の主張であるので、検討するに、本件は、前記のとおりの仮交番の放火の事案であるが、特に繁華街における放火事件で社会に与えた影響が大きく、警察官の生命・身体をも危険にさらしかねないものであったことや被告人の多数の前科等からすると、被告人の刑責は重いものといわなければならないから、所論指摘の事情を考慮しても、被告人を懲役五年に処した原判決の刑は相当というべきであって、これが重すぎるとは認められない。論旨は理由がない。

七  まとめ

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井一正 裁判官 清田 賢 裁判官 久我保惠)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例